独り言芸人
2006/07/12 (水)
以前書いたかと思いますが、私は「おもろない芸人」を見るとイライラします。以前よゐこの濱口が嫌いで、出てくると顔を指で隠したり (笑) チャンネル変えたりする位でした…が、最近ちょっと認識を新たにしました。
「ウッチャンナンチャンのウリナリ」に出ていた頃、嫌いで嫌いでタマラナくて、あの番組が打ち切りになった後は、私が見る番組にしばらく登場しなかったので存在を忘れていたのですが、最近またチラチラ見かけるようになりました。そして、カレは居場所を見つけたのだなーと思ったのでした。(^。^;)
最近のカレはスタジオ等で他の芸人と一緒に出演するのではなく、1人で部屋とかロケ先に居て、独り言を言ったり、素人相手にコメント言い放ったりすることが多くないですか? それが案外面白い、と思ったのです。スタジオに出てきて他の出演者と絡むと、相変わらずオドオドしてるし面白くないけど、独り言だと結構面白い。自分のフィールドを見つけたのね〜と思い、濱口が画面に出てきてもイライラしなくなりました。今、出てくるだけでイライラするのはダチョウ倶楽部の上島竜兵くらい。
そしてなんとなーく、私が関西在住時にやってたアカペラグループ「うたまろ」を思い出したのでした (爆) 。うたまろは、練習を録音してみると結構いい音が鳴っているのですが、本番になるとなかなかいいパフォーマンスが出来ない、という感じのバンドでした。あまとらとは全く逆のタイプ。あまとらは、練習の音源はどーにも気が抜けてて使えないけれど、本番になると何とかなっちゃう、という場合が多いのです。うたまろのHPにアップしてる音源は練習の時のものばっかりで、あまとらのほうは本番のものばっかり。(^。^;)
以前「Breath By Breath」という、スタジオミュージシャンが集まって結成したアカペラグループのライブを聴きにいったことがありましたが、カナ〜リがっかりしました。CDを聴いたら結構いいな、と思っていたのですが…録音向けのグループってのも居るんだろうな〜とそのとき思ったのでした。
濱口優とスタジオミュージシャンとの間にフと共通点を見いだしてしまったワケですが(^。^;)…音楽のスタジオ録音って、独り言みたいなモンなのかなあ? グループでの演奏なら、グループ内でのお喋り。やりとりが凄く楽しいんだけど、部外者の聞き手の反応はあまり念頭にない。
「聞き手を意識した演奏」ってよく言われるけど、何なのでしょうね? 演出とかMCとか振り付け・衣装なんかの見た目の部分等はともかく、純粋に演奏に関して聞き手を意識するとはどういうコトなのか。よく判りません。自分たちが楽しいと思っているその状態を客前でも再現できれば、実は歌い手は聞き手をあまり意識しなくても、少なくとも同じ感性を共有する聞き手であれば、それを楽しいと思ってくれるのではないか? と思ったりします。うたまろは、メンタルな要素が原因で、その状態を客前で再現できなかっただけなのではないのかな〜。
「自分たちが楽しいと思う」←この尺度が大事なのかもしれませんね。歌っている間も聞き手の耳を持っていられればOKなのかも。例えば「声を出してる自分の喉の状態が気持ちいい」とか「音程はどうあれ、感情を込めてるこの感じが気持ちいい」とかいう尺度は、聞き手の耳を自分が手放してる状態なので、聞き手を無視してる、ということになるけど、出ている音自体を自分たちが楽しめるのなら、それは充分第三者に聴かせてみてもいいものかもしれないです。
「ウッチャンナンチャンのウリナリ」に出ていた頃、嫌いで嫌いでタマラナくて、あの番組が打ち切りになった後は、私が見る番組にしばらく登場しなかったので存在を忘れていたのですが、最近またチラチラ見かけるようになりました。そして、カレは居場所を見つけたのだなーと思ったのでした。(^。^;)
最近のカレはスタジオ等で他の芸人と一緒に出演するのではなく、1人で部屋とかロケ先に居て、独り言を言ったり、素人相手にコメント言い放ったりすることが多くないですか? それが案外面白い、と思ったのです。スタジオに出てきて他の出演者と絡むと、相変わらずオドオドしてるし面白くないけど、独り言だと結構面白い。自分のフィールドを見つけたのね〜と思い、濱口が画面に出てきてもイライラしなくなりました。今、出てくるだけでイライラするのはダチョウ倶楽部の上島竜兵くらい。
そしてなんとなーく、私が関西在住時にやってたアカペラグループ「うたまろ」を思い出したのでした (爆) 。うたまろは、練習を録音してみると結構いい音が鳴っているのですが、本番になるとなかなかいいパフォーマンスが出来ない、という感じのバンドでした。あまとらとは全く逆のタイプ。あまとらは、練習の音源はどーにも気が抜けてて使えないけれど、本番になると何とかなっちゃう、という場合が多いのです。うたまろのHPにアップしてる音源は練習の時のものばっかりで、あまとらのほうは本番のものばっかり。(^。^;)
以前「Breath By Breath」という、スタジオミュージシャンが集まって結成したアカペラグループのライブを聴きにいったことがありましたが、カナ〜リがっかりしました。CDを聴いたら結構いいな、と思っていたのですが…録音向けのグループってのも居るんだろうな〜とそのとき思ったのでした。
濱口優とスタジオミュージシャンとの間にフと共通点を見いだしてしまったワケですが(^。^;)…音楽のスタジオ録音って、独り言みたいなモンなのかなあ? グループでの演奏なら、グループ内でのお喋り。やりとりが凄く楽しいんだけど、部外者の聞き手の反応はあまり念頭にない。
「聞き手を意識した演奏」ってよく言われるけど、何なのでしょうね? 演出とかMCとか振り付け・衣装なんかの見た目の部分等はともかく、純粋に演奏に関して聞き手を意識するとはどういうコトなのか。よく判りません。自分たちが楽しいと思っているその状態を客前でも再現できれば、実は歌い手は聞き手をあまり意識しなくても、少なくとも同じ感性を共有する聞き手であれば、それを楽しいと思ってくれるのではないか? と思ったりします。うたまろは、メンタルな要素が原因で、その状態を客前で再現できなかっただけなのではないのかな〜。
「自分たちが楽しいと思う」←この尺度が大事なのかもしれませんね。歌っている間も聞き手の耳を持っていられればOKなのかも。例えば「声を出してる自分の喉の状態が気持ちいい」とか「音程はどうあれ、感情を込めてるこの感じが気持ちいい」とかいう尺度は、聞き手の耳を自分が手放してる状態なので、聞き手を無視してる、ということになるけど、出ている音自体を自分たちが楽しめるのなら、それは充分第三者に聴かせてみてもいいものかもしれないです。
・・などと難しいことはさておき、私の中での濱口優は「獲ったど〜!」以外の何モノでもないので、全く問題ありません。 強いて言えば、もうちょっと頭を使った料理法はないのか、と・・。 私が最も嫌いな芸人は、山崎邦正ですね。 もう、映った瞬間にチャンネル替えるくらい大嫌いです・・
語りかける姿が 好き。あと、ニワトリとのあったかい会話も。
もちろん、ウケ狙いもあるのだろけど、それ以上に、動物に対する
優しさみたいなものがある。人間相手よりずっと彼のよさが出てると
思う。その優しさと笑いのMIXが絶妙だと思ってます。動物相手の番組、やってほしいなぁ!
お金をとるかどうかが境だ!と聞いたこともあります。
う〜ん、本物に触れたい。
伴奏系は冷静、というのはアカペラでも同じですね。でもなかなかPAのようには聞けません。内耳で音が鳴ってるんだから当たり前か…楽器バンドってやったことないんですが、どんな感じなんだろうな〜。
アカペラの場合、「ノッてるかどうか」も勿論大事ですけど、その前段階として、メンタルな要素が音程に与える影響が大きいのと同時に、結果的に鳴ってる音程がメンタル面に与える影響も大きいと思うのです。まず音程を合わせることに沢山神経を使って、その先のことはある程度音程が合わないと気が回らなくなってしまうんですよね。その上更に聞き手を意識するって、どうすりゃいいの?というのが正直なトコロです。
でも音程のことだけではなくて、グルーブとか音の運び方とか音の切れ目とか声の音色とか息の使い方とか、色んなことがうまく出来なければ自分たちでもやっぱり不満なので、そんなコトを全部総合して「楽しい」と思える音が出ていれば、きっとそれだけで聞き手も楽しいんじゃないのかなーと思ったりします。
リードのときは若干陶酔モードに入りたいんですけど、アカペラだと音程が気になって全く陶酔できません。私にとって大きな課題です…(ーー;)
「獲ったど〜!」は黄金伝説かな? 何回か見たことあるんですけど、私が初めてカレを見てもイライラしないな、と思った番組もソレかもです。まあ確かにアタマは悪そうですけど (笑) なんか良い奴に見えました。…あっ! 山崎邦正 忘れてましたよ! 私も大嫌いです。ビデオチェックしてる番組に出てくると、奴の喋ってるトコロだけ早回ししたり音を消したりします。
≡★ KEIKO さん ★≡
micmac さんへのレスにも書きましたが、なんか良い奴っぽい感じがしますね。芸人としては評価はイマイチだけど、実際に友人に居たら仲良く出来そうなタイプかも。動物相手の仕事は合いそうですね。やっぱりカレは、人間との掛け合いが苦手なんじゃないかな〜。そういうひとが芸人になろうというのが面白いけど。
≡★ すぎさん ★≡
プロでも実力的には「え??」っていう場合、結構ありますものね。逆に度肝を抜かれるような見事なアマチュアも居るし…でもアマチュアでも謝礼を貰ったりする場合もありますから、お金を取るかどうかという尺度も怪しいかもですねー。アマチュアとプロとの境界は、プロだという本人の自覚の有無にあるのではないかと思ってます。
アマチュアだから聞き手を意識しなくていい、ということではなくて、人に聴いて貰うからには常に聞き手の存在は考えに入れないといけないとは思うんですが、具体的に演奏に関して聞き手を意識するってどんなことなのか、が自分的にイマイチよく判ってないのです…
「わははは。なんだかすごいね、このひと」みたいな感じで軽いですが。すんません。私が好きになれないのはアクセルホッパーです^^;
第三者的にどうか、というのは、いろいろなことがまぜこぜに私の中で存在してるかもしれません。パフォーマンスするってことにも、いろんな種類があるかもしれませんね。頭がごちゃついてるのに、なにか書いてみようとしてるわたし。お許しを・・・
私は、自分がお客さんとして聞いてため息だなと感じたライブが、ほかのお客さんには大喜びで、ということがあったりして、自分の「良い」にあんまり普遍的なものを信じられないことが多い。いろんなことに自信がなかったりします^^;
でも昔こんな演奏聴けたもんじゃないと思ったCDが、今はワリトいいんじゃないと思ったりすることもあって、わさびが美味しくなった時みたいなことも結構あります^^;いや、もしかして甘くなってるだけ?なのか?(笑)
でも、「楽しみ方」「味わい方」みたいなのを誰かに教わると、とたんにそのよさに目覚めたりするのと同じかな。
私はスポーツ観戦って楽しめなかったんですが、ある友人が「サッカーってさ、すんごいうんちくならべてるおっさんも結局は子どもみたいにおおはしゃぎに勝った負けたってなるんだよね。それが結構好き」とか言ってる人がいて、「ほほほほほー」っておもったことがあります。なるほど、たしかにそれはイイナ。なんて思った瞬間から、自分もバカみたいにおおはしゃぎになってみることを楽しめるようになりました。
私ってそんなふうにしていかないと緩めない堅物でね、昔はもっともっと近寄りがたいお堅いヒトでさ^^
聴き手を意識するということは、パフォーマーを自覚するということですよね。誰かが自分をみてなにか思うのだ、ということをわかっておけ、ってことですよね。そのとき、自分はどう見られたいのか、ということをわかっておかないと、調整していくことができない。まずどんなバンドでありたいかをグループとして認識し、実際はどうなってるかを自覚し、そして試行錯誤なのです。
そして私が意識したいのは、まず自分がいて、オーディエンスとともに音楽をみつめるということです。
見詰め合うべきは、演奏者とお客ではなく、音楽だと私は思います。
みつめるべき音楽を空間に呈示する。
その呈示したものでお客が何かを感じているのを感じ取りながら紡ぐ。すると1人で紡いでいるときとは違うものができる。
しびれます*^^*
たしかにアカペラは難しいですねぇ。ほんとに。
ハーモニーがくるってしまうと、とたんに我にかえって
パフォーマンスどころじゃなくなりますものねぇ。
練習中を録画して事後チェックしてみると、自分自身は入れ込んで歌うとるつもりでも、そこここで走ってしもてる事を気付かされたりして、アタマ掻くこともありました‥
(まあ幸いな事に、ステージ本番ではあんましそういう無いコトなんですが。)
常に観客の耳を自分が忘れんように‥‥こんきちさんの今回ご意見で改めて再認識してます。
ちなみに苦情殺到覚悟で言いますと、TV出ただけでチャンネル換えんとおられへん嫌悪対象は、ダウンタウンですわ。
関西人て、自分がアホやってウケ狙いする種族ですやんか〜。
そやのにヤツらは(しかも、同じ尼!)、格下芸人にアホなコトさして、それを上からクソカスにけなしまくる芸風ですやん。(特に浜田!お前じゃ!)
あっれが許されへん。
アクセルホッパー、わからーーん (笑)
ともべさんに言われて思ったんですが、「第三者に楽しんで貰えるかどうか」ってことと「聞き手を意識してるかどうか」ってことは、切り離して考えるべきでしたね〜。同じものを聴いても、それを楽しめるかどうか、評価するかどうかは、人によって全然違いますものね。トライトーンの演奏はツマラナイという人も居るわけですし、仰るとおり、他の観客が凄く喜んでる中で、自分だけ「(ーー;)」という状況って、結構ありますしね〜。
「パフォーマーを自覚する」かあ。うんうん、そうですね〜。私の場合、逆に聴く立場からすると、もの凄く技術が伴ってないのに、自分の世界に入り込んじゃっている演奏者を見ると、聴く側が置いて行かれてる気分がするのです。でもそういう場合って、カレは自分がパフォーマーであることを意識していないのかなあ。一人で歌う時はあんな風に歌わないんじゃないかな。そうか、というよりそれは、「実際はどうなっているか」の自覚が足りない、ってコトなのですね、きっと。
「どう見られたいのか」っていうのは、「どういう音が鳴らしたいのか」っていうのとは違うのかしら。その辺がなんだか難しいです。人にどう見えるかって、よく判らないものなあ…実際はどうなってるかの自覚も、信頼できる聞き手の意見を聞くこと以外は、自分の耳や目というフィルターを通してしか認識できないし。そんなわけで、私にとって「聞き手を意識する」とは、「自分が聞き手の耳を持つ」とイコールになってしまうのです…
「オーディエンスとともに音楽をみつめる」…う〜ん素敵な表現ですね〜。自分の好きな音を「空間に呈示」して、それをこちらもあちらも楽しめた、と感じられた時は幸せを感じます。その幸せな感じが歌にフィードバックされる、という経験はありますが、そういう良い相乗効果はいつでも味わえるわけではないですね〜。そして、私の感覚では、そういう経験は結果論であって、どっちかっていうと「客席に影響された演奏」って感じがします。世間が言う「聞き手を意識した演奏」というのは、意図的にどうするか、というコトなのではないかと思うので、その方法論がワカラン、と思うのです…うわ〜混乱してきた (^^;;; 単純に「客席の反応を気に掛けろ」「空気嫁」ってことなのかしらん??
≡★ ゲルショッカー林さん ★≡
私の文章は何だか自分の中の迷いを表しただけのような感じなので、あんまり参考にはならないカナと思いますが…なにかを感じるキッカケになったのなら嬉しいです♪
ダウンタウンは好き嫌いが分かれるみたいですね。私もあんまり好きじゃない…というか、どちらかというと嫌いなんですが、あまとらの某氏は好きだって言ってました。私がハッキリ「嫌い」だと思う芸人は、「頭悪い」「能無し」「オドオドしてる」と感じる人が殆どなので、彼等が芸人でなければこんなに毛嫌いしない対象かもしれないんですが、ダウンタウンの「嫌い」はちょっと種類が違うかな。あまり友達にしたくないタイプです。
難しいですよねぇ、ほんとに。
ただ、スタジオミュージシャン、あるいはCDを作る作業ならきっと、どういう音を鳴らしたいのか、でいいのではないのでしょうか。いや、それも実際参加したことがないので、想像の世界ではなしていることで、ほんとうは目を閉じて独り録音にうちこむとしても、頭の中で常に聴き手を意識していることで、いいものができる、ってこともあるかもしれませんが。聴き手を意識していることで、とここで私が言ったのは、そのうたをメッセージしたいあて先です。具体的な○○さんに、もしくはそのうたのストーリーの中で語られている頭の中の登場人物に。
古楽の、ソロの世界でのことですが、セミナーにいったときに、その曲の言葉1つ1つ、単語1つ1つに、どうやって作曲家がメロディをつけたかを自分で解釈していくこと、なぜこの言葉にこういうメロディがついたのか、と自分で考えることで、そのメロディを自分のものにしていく、というのを学びました。その単語につけられた音は、非常にある雰囲気をつたえている。作曲家が感じたものが。それを演奏者が探る。ただ1つの正解をもとめるのではなく、そこにその人のうたにする手がかりがある。その曲のストーリーに自分個人が共感できなかったとしても、そのストーリーに現れるキャラクターを、今までの自分の人生で出会った友人、あるいは何かで読んだ物語に出てくる誰かにあてはめて考えてみることもできる、などなど、そんなことを学びました。これってきっと、役者の人なども学んでくことだったりもしますよね。
ハーモニーの世界は、インストゥルメンタル的に音楽を思考しがちですよね。でも私の中では、そこにかならず、何か伝えたい雰囲気とか、色みがあって。このハーモニー、この転調、このコード進行は、このリズムパターンは、なんかこう「夕暮れの草原にたって昔を懐かしんでいるよう」とか、「大きな景色を目の前に希望に満ち溢れてるみたいな」とか「とにかく仲間と一緒で楽しくてご機嫌で」とか、そういうのがあって、そういうシーンを演技していることが必要だと思っています。いや、最近そう思うようになった、というのかな^^;
演技、というのは、たとえば、「わー、音程違う!」とか「わー、やっぱり崩れてる!」とか「わー、声がへんになった」とか、「わー、誰ちゃんが来てるしー」とか、「わー、ベースが聞こえにくいー」とか思ってるんですが、それとは別に、音楽が始まってから終わるまで演技し続ける自分というのでしょうか。
でも、個人としてもグループとしても練習が足りてないと、そういう演奏はとてもできません。常に不安でたまらない。ぱにくったときに対応できるような、自分の中にかっことした音程がないからなぁ。わたし。とにかく刷り込んで刷り込んで、身体の一部のようになっていないとそういう演奏はできません。ほんとはそういうふうに身体の一部みたいになってる曲ばかりでライブができたらなんてステキと思いますが、プロってきっとそうなんですよね。いや、これも想像に過ぎませんが。
話が飛躍してるかもしれません。
つい夢中になってしまいました。すみません^^;
あああ、丁寧な説明をありがとうございます。
> そのうたをメッセージしたいあて先
なるほどねえ。こういうのは、考えたこと無かったです。私はアカペラが大好きですが、歌が好きなのではないのかもしれませんねえ。アカペラが好きなのは、ただ声というものの響きそのものが心地よいから。私が注目するのは、いつでも音そのもののことばかりで、歌詞の内容は極論すればどうでもいいみたいです。全編スキャットであっても構わないくらい。勿論 歌がない楽器だけの演奏であっても「聞き手を意識した演奏」ってのはあるでしょうから、きっと歌詞だけが問題ではないのでしょうけれど。
ハーモニーそのものについても、雰囲気や色味、というのはアタマにありますが、具体的なイメージっていつもあんまり持ってないなあ。聞く時も歌う時も。「演技力」というのはよく判りますね。あるといいなあと思いますが、自分が追求出来るものではない、とサジを投げてます (笑)
ともべさんのこういった感覚を聞くと、あまとらの歌が軽く聞こえるのは当然だろうと思います。あまとらではこういったことは全く議論の俎上に上りません。私はきっとライト〜な音が好きなんだろうな。
ともべさんの文章を読んでいて、私が合唱に対して感じた「手に負えない感」を久しぶりに思い出しました。ひぐらしを抜けたことをキッカケに合唱の世界から離れてしまったのは、多分その「手に負えない感」を感じたからだと思ってます。以前、↓こんな記事を書いたこともありましたっけ。
http://konkichi.main.jp/blog/log/eid150.html
私って本当は音楽に向いてない人種なのかもしれませんね。それでも好きだから続けますけれども。「好き」のポイントがずれてるのかもなあ (^^;;;